ウガンダ国旗 カンムリヅルの由来は?

東アフリカ

ウガンダはアフリカ諸国の中でもたくさんの部族で構成されています。

この事が国旗のデザインに少なからぬ影響を与えているものとみて調べてみました。

やはりちゃんと意味があるようです。

執筆:世界史好きのittetsu

ウガンダ国旗の真ん中の鳥は?

まず国旗の画像から。

黒はアフリカ人種、国民を。

黄は太陽を。

赤は人類愛を表しています。

 

中央の鳥はウガンダの国鳥カンムリヅルです。

 

実物はこちらです。


Jepsen [CC BY-SA 3.0], via Wikimedia Commons

日本の動物園でも見ることができます。

主に

  • 東武動物公園(東京)
  • 羽村市立動物園(東京)
  • 日本平動物園(静岡)

その他にもいくつかあります。

 

ウガンダには、15世紀ごろからいくつかの王朝が存在しましたが、いずれもこの鳥をシンボルにしていませんでした。

ウガンダは、ガンダ、テソ、トロ、ソガなど約30以上の部族がいるといわれています。

そのため、どこの部族からも文句を言われにくいカンムリヅルが平和、統一といったイメージにピッタリだったというところでしょう。

ところで、国旗に鳥を使ったケースはどれぐらいあるのでしょうか?

世界中にありました。

鳥をあしらった国旗一覧と国鳥
鳥をあしらった国旗一覧計18個と、各々の鳥の画像です。

龍など架空の生き物まで使うとややこしくなるので、あくまで鳥にしぼっただけでも18ヶ国ありました(そのうちアフリカには4ヶ国)。

日本の日の丸でさえ反対する声があるくらいですから、この国旗は各方面に気を使ってデザインしたものだろうと感じました。

ウガンダは揉め事が多かった国?

上記のように約30以上の部族がいるくらいですから、内戦など部族間の対立が多かったのかなあ?と思いました。

そのウガンダという国名は、かつてこの地域に存在した4つの王国の最大勢力だったブガンダ王国に由来します。

ブガンダの内、ブはバンツー語で国を、ガンダは境界を意味します。

ウガンダは1962年にイギリスからイギリス連邦王国の一員として独立しました。


独立時の国旗

当初は王国で連邦制でしたが、1966年に大統領兼国王のムテサ2世を追放して1967年には憲法改正して共和制に変更しました。

その時に、連邦制で存在していた部族たちの王国は廃止されました。

その後1990年代にいくつかの王国が復活しましたが。

復活していない地域でも、王国復活の声は根強くあります。

しかし、王国復活に当たって階級対立のおそれがあったり、国王の選出方法で対立が生じたりといった様々な問題が起きています。

ウガンダには人食い大統領が存在した?

独立後に共和制になってからも、ウガンダではたびたびクーデターなどが起きてゴタゴタが続きました。

上記の国王追放を支持してクーデターで実権を握ったのが、悪名高きアミン大統領でした。

子供の頃、こんな映画が公開されました。

『食人大統領アミン』

クラスの同級生たちはしきりにこんな事を言っていました。

 

「アミンってこわいんだぞ~。人をバリバリ食べちゃうんだぞ~。ウガンダへ行ったら捕まってアミンに食べられるぞ~」

 

こわかったです。

 

その映画は、とてもこわくて見ませんでした。

 

ホラー映画と違って実在した人物ですから。


Archives New Zealand [CC BY 2.0], via Wikimedia Commons 

実際は、肉は鶏肉くらいしか食べなかったそうです。

その代わりに虐殺はかなりの数で、30万人とも40万人ともいわれています。

 

こうした独裁や虐殺をあちこちから非難されたので、アミンはいろんな国と国交断絶しました。

 

その中にはクーデター当時に支持してくれた西側諸国もあったので、ウガンダの経済は打撃を受けました。

 

しまいにはニセ札製造に手を染める始末。

 

もっともこういう独裁だの弾圧だの行っている政権のトップなんて、多かれ少なかれアミンと似たようなことやっているとは思います。

 

そんなアミンも失脚し、その後もウガンダではクーデターや内戦などで混乱が続きました。

 

現在のウガンダは安定している?

 

国内が混乱していたため経済は疲弊し、かつては世界最貧国のひとつとされていました。

 

IMFなどから支援を受けて、インフレが着実に減少するなど経済政策は一定の効果を上げています。

 

元々はアフリカの中では豊富な降雨量や資源に恵まれてもいて、農業も盛んで産業のポテンシャル自体はある国です。

 

農業では、コーヒー、果物(特にバナナはインドに次ぐ世界第2位)、タバコなど。

 

かつては綿花も日本へ輸出するなど主力製品でした。

 

2000年にはナルバーレ水力発電所が建設されました。


Fredrick Onyango from Nairobi, Kenya [CC BY 2.0], via Wikimedia Commons 

石油については、従来は輸入に頼っていました。

 

ところが2006年にコンゴとの国境に位置するアルバート湖付近で油田が発見されました。

 

場所はウガンダ側の湖畔ですが、ただでさえ湖の境界線のことでコンゴを揉めているので、油田がからむと今後一層揉めそうで不安材料となっています。

ウガンダと日本との関係は?

日本は、ウガンダに無償資金協力を長年続けています。

随分いろんな事をやっています。

食糧援助、道路整備、予防接種体制整備、交差点の信号化や交通管制体制の整備。

その他本当にいろんな事をやっていて、交差点の信号くらい自分たちでできないのかなあ?と思いました。

ただ、内戦続きでそれまで信号なんて無かったかもしれない国で、信号なんてそもそもろくに整備されていなかったのかもしれません。

 

現在はどうかわかりませんが、少なくとも4~5年前までは首都カンパラでさえ停電は頻発していました。

 

経済が好転するに従い、電力需要が増す中で発電能力の増強は進められてきています。

 

ただ、送配電の施設の整備の遅れによって電力の供給が追い付いていない状況です。

 

一帯一路の投資がやたら注目されますが、経済活動においてウガンダでの日本の協力はもっと評価されていいと思いました。

 

コンゴとの関係が悪化しないことがウガンダの安定と発展の大きなカギとなりそうです。

Special Thanks : 参考記事・文献

ウガンダ
日本のODAプロジェクトウガンダ無償資金協力

那須国男『アフリカ全史』

東京書籍編集部『最新世界各国便覧』

コメント

タイトルとURLをコピーしました